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名古屋支部171回例会報告

令和8年6月25日

名古屋支部例会は、豊田市鈴木正三顕彰会会長の梅村清春様を講師に『日本初の職業倫理を説いた禅僧:鈴木正三』と題して、ご講演を頂きました。


梅村先生は、小中学校教諭・中学校長・大学講師・名古屋教職課程センター事務主任等を歴任された教育一筋のお方です。


偶然にも当日は鈴木正三忌であり、このような日に、お話しを聞かせて頂くご縁を有り難く思いました。


《鈴木正三》

1579年:豊田市則定町で旗本の長男として誕生。

1655年に77歳で亡くなるまで、ストイックなマルチ人間(武士・僧侶・思想家・仮名草子作家)としての日々を送ります。


4歳:同年児の死に疑問を。

17歳:「宝物集」雪山童子の捨身に感激。


武士としては、22歳・関ヶ原の戦いで初陣するも信州上田で足止め。

大阪夏・冬の陣に従軍。


41歳:大阪城勤番。「盲安杖」を発行。(盲目でも安心して歩けれる杖のように・・の思いで、仏教の教えを説いた本。)

のち江戸へ出て、二代将軍に仕え大番となる。


42歳:江戸で出家。故郷足助に帰郷し修行。

46歳:草庵を結び大衆の教化を図る。

53歳:「四民日用」を発行。

当時の人々の日常生活に役に立つ物として書かれた書物で、其々が自分の仕事を誠実に行う事が仏道修行である!と説いている。


54歳:恩真寺建立。

「二人比丘尼」「念仏草子」発行。

教化の為に当時流行っていた仮名草子で発行。

これらは井原西鶴等等にも影響を与え、作家としても力量も発揮。


64歳:弟重成が代官をしている天草へ。

一揆後に荒廃した世・人心の回復に尽力。

「破切支丹」発行。


70歳:江戸に定住し教化をつとめる。

77歳:永眠


天草では《鈴木神社》を建立。

復興に尽力してくれた鈴木三公(重成・正三・重辰)を敬い感謝し後世に伝えるべく気持ちを表した。


正三の説いた、

☆仕事に誠実に励む事が仏道修行!

☆勤勉・正直・誠実は日本人の気質となり日本資本主義の源流となって、現在も脈々と生き続けている。


先生は、噛み砕いたように平易な単語でお話し下さり、正三の教えや人間像も理解でき、これからの生活を丁寧に過ごそう!と思いました。


梅村先生、ご参加の皆々様、有難うございました。 




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